018:ハーモニカ-------------------------------切ない音色。君の言葉の代わりに聞く。
君は突然あたしと口を利かなくなった。
あたしは君が何か、病気になったんじゃないかと思ってとてもとてもあせった。
でも、そんなことはなかった。医者はなんともないっているし、あたし以外のヒトとは、前より口数は少なくなったけど話してるみたい。
じゃあ、何であたしだけ?
あたしは悲しくって悔しくって、君を怒鳴りつけた。
なんで
なんで
なんで
どうして
いってよ
はなしてよ
あたしとはなしてよ
しゃべってよ
それでも君は口を利いてくれない。ただあたしを悲しそうに見るだけ。
あたしはそんな君を見るのがつらくって腹立たしくて、泣きながら聞き続けた。
なんで
なんで
なんで
どうして
いってよ
はなしてよ
あたしとはなしてよ
しゃべってよ
それでも君は口を利いてくれない。ただあたしを寂しそうに見るだけ。
あたしは、そんな君を見るのは、もう、耐えられなくて。
お出かけ、しよっか。
ポツリとそう呟いたら、君は嬉しそうに、頷いた。
行きたいところに行っていい。あたしの手を引いて行っていい。
そう伝えたら、君はぐんぐんとあたしを引っ張っていく。
その背中は、前の君とおんなじで。
入ったお店は、二人でよく行った楽器店。二人とも何も出来ないけど、見てるのは楽しかった。
君は、あたしを置き去りにすると、なにやら買い物を始めた。何かを手にとって、すぐにレジに行って、それからその品を入れた袋を手に提げて戻ってきた。
君はまたあたしの手をとると、歩き出す。
少し速いそのペースに、あたしは転びそうになる。
早いよ、もうちょっとゆっくり…
君はちょっと振り返ると、目を細めた。面白そうに。嬉しそうに。楽しそうに。
ペースはいっそう速くなる。とうとうあたしは走り出した。
走って走って、たどり着いたのは、小さな公園。人はまったくいなかった。夕方になったせいもあるんだろう。
あたしと君は、ブランコに並んで座った。
君はさっき買った袋から、真新しいハーモニカを取り出す。
…吹けたの?ハーモニカ。
君は苦笑すると、首を振った。
一息してから、確認するみたいに、音階を吹いてく。
上から下へ、吹き終わったら、なにやら頷いて、また吹き始めた。
ド、ド・ソ、ソ……ラ・ラ・ソ……
聴きなれたメロディー。慎重に、時折間違えながらも、吹いていく。
拙いそのメロディ。でも、不思議なくらい、君の気持ちが分かって。
そっか…もう、駄目なんだね。
ハーモニカの音が、やんだ。
もう、終わりにしなきゃいけないんだね。
君は悲しそうに、でも少し安心したように、微笑んだ。
気づいてあげられなくて、ゴメンね。
君は優しいから、いつだってものを溜めてしまっていた。
だからあたしは、君をそこから解放してあげなきゃいけないんだ。
君は首を振った。それからもう一回ハーモニカを吹き始める。
ゆっくりとした、そのメロディ。でもせめてこれが続くまで、そばにいたいとあたしは願った。
夕方の空は、きれいなオレンジ色だった。西の空には一番星が光っている。
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その光に祈る。君の声が戻りますよう。と。