020:合わせ鏡--------こういうのは近親憎悪。―――アンタとあたしは、似てるのよ。


「俺、お前がだいっキライ」

「あら、同じく、あたしもアンタがだいっキライ」


顔をあわせれば悪態の付き合い。
見えないところじゃ文句の言い合い。
アイツとあたしは犬猿の仲。


むかつくのは、




アイツとあたしに、おんなじ血が流れてることだ。




「でもあれしょ?同じっつっても、」




「そーよ。どっちかが妾の子。どっちかが本物」




うちの家は相当複雑。金持ちだとこういうことが大きくなる。


父親はとりあえず世間一般に知られてる程度には有名人。

あたしの母親は、あたしが生まれたときに死んだ。

アイツの母親も、おんなじときに、おなじように死んだ。



目下問題なのは、ちょっとした手違い、不手際、その他諸々で、どっちがどっちの子かわからなくなったことだ。


血液型もおんなじ。誕生日も一緒。顔も生憎どっちも父親似。つまり、あたしとアイツの共通点はこんなにあるわけだ。むかつく。

父親はどっちも認知した。変な形だけど、世間一般から見たら、これも双子ということになるんだろう。


にしても。

妾と本妻、仲がよかったなんて変な話。同じ時期に仕込まれてるのもむかつく話よね。




「…陽都、どうかした?」



考え事をしてたら、友達が怪訝そうに覗き込んできた。なんでもないと返して、そろそろ帰ると立ち上がる。


「ヒト」



「何?」



「本物とか偽者とか、あんま悩んでもしょうがないんじゃない?」



「…分かってるよ」



かすかに笑って、手を振る。








悩んでんのは、本当にむかつくのはそこじゃない。








「ただいま」



家のむやみやたらにでかい玄関を入れば、奥からパタパタと足音。



「ただいま、ナエさん」


「お帰りなさい、陽都さん」



ナエさんはうちのお手伝いさんだ。もうおばあちゃんだけど、あたしのお母さんみたいな人。



「今日は早かったですねぇ。お夕飯は?」



「んー…あんま食べたくない…」



ナエさんはちょっと困ったように笑って、いけませんよ、と柔らかくたしなめてくれた。



「…じゃあ食べる…」



よろしい、とでも言うように、ナエさんはにっこり笑った。



「すぐにお作りいたします。…そうそう」




あ、いやかも。




「燈都くんもお帰りですから、呼んできてくださいね」




ああ、やっぱり。







もう一個むかつくこと。




あたしとアイツの名前が、同じ読みをすること。






部屋に閉じこもる。ああ、いやだ。



顔をあわせたくない。ご飯なんていらない。



この壁一枚立てた向こうにいるアイツが大っ嫌い。






それでもナエさんが散々呼ぶから、渋々部屋から出た、ら。



「………」

「………」



鉢合わせ。最悪。



二人とも何もいわずにダイニングへ向かう。ナエさんはニコニコしながらご飯を手際よく並べていく。


あたしたちの食べるタイミングは、びっくりするくらいよく似ていた。ご飯、おかず、汁物、おかず。




ああ、腹が立つ!







「ナエさん、ご馳走様。おいしかったよ」



目の前のアイツはナエさんには笑顔を向けて、それからあたしを一瞥して、食器をキッチンまで持っていく。あたしはその背中をきつい眼差しで見送る。




最後に一口残ったご飯を飲み込んで、あたしもご馳走様といって席を立った。





ナエさんは、少し困ったように笑っていう。




「もう少し、仲良くしてください。ご兄妹なんですから」






あたしは、そんなの認めない。









部屋に閉じこもってベッドにうつぶせる。あいつもきっと同じことしてる。あたしには分かる。そしてそれをきっと向こうも知ってる。





こんなに憎い理由、本当は知ってるの。








アイツはあたしみたいで、あたしはアイツみたいで、きっと互いにそう思ってて、互いにそれを知っていて。





壁を隔ててもう一人の自分がこっちを見てる。目の前の鏡に映ってるのはあたし自身のようであって、違う誰かの影でもある。





ループして続いていくのは自分と同じ姿の他人。





あたしは、きっと自分が嫌い。だからきっと、あいつが嫌い。




近親憎悪、なんだ。一番近いから憎いんだ。




ねぇ、本当は、全部知ってるの。



あたしの母親とアイツの母親が一卵性の双子だったってことも。


それに同時に子を孕ませた父親も、


それを知った母親たちが、あたしたちを産んだその後に自ら命を絶ったことも、



その母親たちが本当は誰を愛していたのかってことも、




それを知った父親がどう思ったのかも、






そしてそのことを知ったあたしたちが、互いをどう思うかってことも。






「………ねぇ、ヒト」



あたしはアイツがいるほうにかかった鏡に向かって、自分、―――「ヒト」に呼びかける。




「ほんとう、は」






力いっぱい振りかぶって、携帯を投げた。
鏡は粉々。音がダブって聞こえたから、きっと向こうの部屋でも同じことをしてるだろう。



そのまま部屋を飛び出す。部屋からちょうど出てきたアイツと目が合う。




手を繋いで、走り出す。







どんな思惑があってこんな名前にしたの。同じ名前にしたの。


こんなにも似すぎてて、こんなにも近くて。
ねぇ、もう止まれない。




何もかも捨てて行こうよ。あたしはあんたが嫌い。アンタもあたしが嫌い。でも繋いだ手は決して離さないで。



生まれる前から、互いを見つめるしかもう出来なかったの。

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ねぇ、ほんとうはあいしたいの。…愛してるの?


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