創 世 記


男が一人、立っていた。


男は一人、立っていた。



男は、ただ、立っていた。




理由などは必要なかった。
ただ立っているだけで男の存在理由は確固たるのものになっていたのだから。


男は、ただ立つことが自らの存在理由だと信じて疑わなかった。






女が一人、座っていた。


女は一人、座っていた。



女は、ただ、座っていた。




理由など必要なかった。
ただ座っているだけで女の存在理由は確固たるものになっていたのだから。


女は、ただ座ることだけが自らの存在理由だと信じて疑わなかった。








神が一人、そんな二人を上から見つめていた。



神は困っていた。



ヒトを作り出して、互いに違うものを見つめあい、そして繁栄してくれれば、と思い、理想とされる形の、見目麗しい男女を二人。
それに完璧とされる人格を刷り込んで、生み出して、そこに放置したのだ。



神は二人に、ここにいなさい、と言った。互いに見つめあいながら。



そうすれば時期に、愛と言うものが芽生え、新たな命が生まれるだろうと。


ところが。



生まれた二人には、神に対する絶対的な忠誠心が一番で、また、猜疑心と言うものをもっていなかったのだ。



よって、二人は、互いに神の命令を不服ともしなければ、その命令に対し疑問を抱くこともなかった。
互いは目の前にいて、認識しあっているのに、その存在を互いにないものとして捉えていたのだ。




神は困った。




困って、思いつき、二人に新たに『猜疑心』と言うものを与えた。





『猜疑心』を与えられた二人は、やはりしばらく命令に従い見詰め合ったままだったが、次第に動き始め、ついには互いの視線を見交わした。



あなたはだあれ?
女はそう言うと、初めて立ち上がった。




きみはだれだい?
男はそう言うと、初めて歩き出した。




二人は互いに手を取り合い、次々に互いについて話し始めた。
それはまるで、今まで見詰め合っていた分、考えていたことを全て吐き出すように。




神はそれを見て心を安らかにした。






二人は時期に抱き合い、初めての行為を交わした。





ようやくこの地に、神から生まれたのではない、新しいものが生まれようとしていた。









ところが。








二人に植え付けた『猜疑心』と言うものは止まることを知らずに、ゆっくりと二人のうちで育っていったのだ。






きっかけは些細な出来事だった。些細な出来事過ぎて、もはやそれはないに等しい。






男は初めて女――その時点では妻――を打った。
女は泣き叫び、そして男の頬を叩いた。



互いに罵り合い、口々に罵詈雑言を叫び、仕舞いには―――。







女の腹から血が流れ出した。



猛烈な痛みに女は蹲る。けれども男は同情することを知らず、女を罵り続ける。
痛みに苦しみながらも、女は手を伸ばした。一度は愛した男の、その頬に。





だが、その手は振り払われた。女の爪がその頬を引っ掻いたからだ。





次の瞬間、女は猛烈な勢いで石を掴み、男の額にそれを突き立てた。そしてそれを繰り返す。
男が倒れると同時に、妻も地面に倒れ伏す。腹から流れ出た血は、未完全なヒトを―――。











そうしてヒトは死に絶える。





ああ、またやってしまった。
神は一人そう呟いた。これでもう3万2850回目の失敗だ。





一体何がいけないんだろうか。足りないものでもあるのだろうか?
次こそは成功させなければ。





今日も神様は自分の庭造りに余念がない。


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ヒトに何を与えても悪いほうにしか使えないなんて。




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