彼が、好きだ。
Last Kiss
彼が誰よりも、好きだ。
何よりも、好きだ。
好き、だった。
唐突に別れを告げられた。何もない日で、夕空はよく晴れてて、涼しい風が吹いていた。
「……………何、言った、の?」
驚きすぎて言葉が途絶えがちになる。彼は私の顔を見なかった。
「…なんで、そんな冗談、言うの? …………冗談でしょう?」
うそだよ、と笑ってくれるのを期待してそう聞いた。本当はそんなことないと、気づいてしまっていた。
だってこんなに長く一緒にいて。
互いに互いが必要不可欠になってて。
ずっと一緒にいようと誓って。
揃いのペアリングが空しく夕日を反射する。
情けなく追いすがる女にはなりたくないと思ってた。でも、今胸に抱えた、この気持ちをどうしたらいいのだろう。
引き止めても、君の決心は変わらないだろう。長い付き合いで、それがわかってしまう。それでも、投げつけてしまいたくなる。
言葉を飲み込む。何度も飲み込む。そのたびに涙があふれた。
泣き崩れたくなんかない。追いすがりたくない。せめて気丈でいたいから。
瞬きを何度かして、彼の顔を見つめる。涙は流れるに任せた。
「何で…?」
「………」
沈黙の後、ポツリと、日本を出る、と答えた。
そんなの平気だよ、待ってるよ、そう言おうとして、彼の「帰るつもりはない」…その言葉にさえぎられた。
胸の奥がとても苦い。
とめても無駄だって、十分わかってた。それでも聞かずにはいられなかった。
私を、おいていくの。
彼は答えなかった。代わりに私を抱きしめた。
責める代わりに、ただ泣いた。
愛したことだけは汚さないで。
彼が私の頬を拭って、唇にキスをしようとした。
私はそれをゆっくりとさえぎる。
「……もう、恋人同士じゃないから」
これ以上の思い出をおいていかないで。
最後のキスは、これでいい。
ゆっくりと、痩せた指にキスをした。
誰よりも私を愛してくれたこの指に最後のお別れを。
彼は静かに泣いた。
きっと、このキスを忘れない。
私は彼と別れた。しばらくして日本をたったと人づてに聞いた。
エアメールも、電話も何もない。ただ残されたキスを思い出す。
いつか会えると信じて、最後のキスを噛み締めるよ。
彼の最後のキスを、忘れない。
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ずっと覚えてるよ。忘れないよ。
2006/09/12
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