困った。
私は今困っている。
眼から水が出てくるからだ。
涙じゃない。断じて。
なぜなら、私はなんともないからだ。
なみだ。
痛いわけでも、苦しいわけでも、悲しいわけでも、嬉しいわけでもない。
いきなり眼からこぼれてきたのだ。ちなみに涙腺はそんなに脆くも弱くもない。
普通にぼぉっとしてたらぼろぼろぼろっと出てきたのだ。びっくりした。
なんかそんな泣きたくなるようなこと、今までと最近、あっただろうか、と考えて、驚くほど何の変哲もない日常を過ごしていたことに気づく。
どうしよう、と思う間にも涙は出てくる。いや、涙じゃない。水が。
しばらく瞬きしてみたり、目を閉じたりしてみたが、無駄だということを判断して、しょうがないので、日常に戻った。
流れるだけなら別に今害はない。外に出れないけど。
そう思って、放っておいた。
ら。
十分立っても二十分立っても止まらない。言っておくけどこんなに涙(というしかない。今のところ)流したことない。
しかも、別に害はないなんて、そんなこと全然なかった。
まず、体力を使う。涙とともに何か別のものが流れていくようなのだ。たとえばやる気とか気力とか元気とか根性とか。
目元を擦るからひりひりするし、頬は濡れたり乾いたりしてかぴかぴだ。引きつる。
て言うか、何やろうにも、邪魔。
本読もうなんて、字がまともに見れたもんじゃない。視界が常にぼやけるから、テレビも、とりあえず眼を使うものはみんな駄目。
CDでも、と思ったけど、泣けば当然鼻水も出てくるわけで、鼻を啜る音、かむ音であんまりゆっくり聴いてられない。
やばい。どうしよう。
ごろんと部屋の真ん中に大の字になって考える。頬を流れてた涙は、軌道修正して、今度は横に、耳のほうを伝っていった。くすぐったい。
身体の中を空っぽにするみたいに、どんどんどんどんあふれてくる。このままじゃ脱水起こしてしまいそうだ。
つめたいなみだ。
今まで流れた分合わせたら、ハンドタオルの一枚くらいくちゃくちゃに出来そうだった。
なんでだろう。
何であたし泣いてんだろう。
そういえば、涙って溜まるって話を聞いたことがある。
あんまり溜まると、ある日突然あふれてしまうらしい。
その後どうなるかは、知らない。
だからなんだっての。
もうやだ。何で泣いてんだろう。何で止まんないんだろう。
何にもできなくて、ただ泣いてるだけで、莫迦みたいで、自分がいやになってきて。
気づいたら、ほんとに泣きたくなっていた。
これぐらいじゃいつも泣かない。でも今は。
始めっから泣いてるし、いいや、もう。泣いちゃえ。
そう思ったら、眼の奥と鼻の奥がつーんとしてきて、びっくりするぐらい熱いものがこみ上げてきて、
火傷しそうなくらい、熱く感じた。
あついなみだ。
ちょっとしたら、驚くほどすっきりしてた。涙も、もうでてこなかった。
喉が渇いたから起き上がった。耳にこぼれてた涙が、耳たぶやあごを伝って下に落ちる。驚いたことに、髪の毛まで濡れていた。それを肩で拭って、水を飲みに、台所まで行く。
グラスに水を注いで一気飲み。大きくため息をついて、ようやく一息ついた。
なんだったんだろう、あれ。
さっきまで泣いてたとは思えないほど視界も顔もさっぱりしてた。ちょっと眼は腫れぼったいけど。
あんまりあたしが泣いてないから、泣け泣けって、身体がそういったんだろうか。溜まった涙があふれたんだろうか。
泣くの我慢するのって、あんまりよくないかもなあ。
喧嘩した。怒られた。感動した。悲しかった。怖かった。振られた。振った。怒った。嬉しかった。寂しかった。
こみ上げてくるものを、いつだって無視してた気がした。
感情には素直になるべきなんだな、と思って。それから。
「…出かけよ」
顔を洗おう。さっぱりしよう。んで、眼の腫れが引いたら外に出よう。
今日は天気もいい。気分もすっきりしてるし、なんかいいことありそうだ。
上機嫌になって、あたしは鼻歌の一つでも歌いたい気分だった。
---------------------------------------------------------------
出てきたものは、きっと今まで溜めてた感情。